結      








傍で聞こえた女の子同士特有の黄色い声に、むくりと乱菊は起き上がった。


「うっそ!もうヤっちゃったのー!?」
「意外と手早いー!」

きゃあきゃあと、三人の女子隊員が顔を寄せ合って話している。
時計を見ると成る程、昼休みの時間を指している。

「なぁーに、やってるの?」


ひょっこり。机の下から乱菊が顔を出す。

「わっ!副隊長いらっしゃったんですか!?」
「すいません!騒いじゃって」
「そんな事はいいからさ〜」

 ひらひらと手を振る。元々副官のくせに平隊員の仕事場である詰所で、昼寝なんぞしていた乱菊が悪いのであって、昼休みを楽しんでいた彼女達に非はない。

「で、何の話?」
「実は副隊長、この子…」
「つきあって3日で昨晩励んじゃったらしいですよ〜」
「へぇ〜。3日?」
「違います!!3日って言ってもただの3日じゃなくて!!10年間ずっと好きだったんです。絶対叶わないって思ってたけどずっと諦められなくて…そしたら3日前にやっと彼もずっと同じ想いだってことがわかって…」
「おー熱い熱い」
「それでそれで彼は優しかった?」
「優しかったわよ!当たり前でしょう!もう、からかわないでよ!!」

 からかってる訳ではない。彼女達は友達を祝っているのだろう。
 表面上では3日という単語に少し驚いてみせたものの、内心ではたいした事無いなと思った乱菊は顔を一人赤くしている隊員の顔を下から覗き込んだ。

「で、気持ちよかった?」

 上司のあまりに直球な質問に本人以外の2人も言葉を詰まらせる。
 ぼそぼそと赤い顔をさらに真っ赤にして、いじられっぱなしの彼女が頑張って答える。

「はっ…はい。きっ気持ち良かったです。ええっと、でもその行為自体よりその、彼が自分を求めてくれているっていう事の方が嬉しかったというか心地良かったというか……」


 素直な娘だ。思わず頭を撫でてやりたくなる。
 乱菊は感心した。

「若いっていいわねー。結構結構。それで、相手は誰なの?」

 名前を聞いて、あぁと思い当たる。
 勤勉誠実を判で押したような男。彼なら何の心配も無いだろう。


「あー!!副隊長こんなところに!!!」

いきなり襖が開いて、三席が乱菊を指でさして大声を上げる。

「酷いですよー!今日は書類が多いのに逃げるなんて!!」

 知っている。だから逃げたのだから。でももう潮時かな。観念して、ふわぁと欠伸をしながら立ち上がると、それを女子隊員に見咎められる。

「副隊長眠そうですね…もしかして」
「そうそう。夜のお勤めが忙しくって」

 振り向いてウィンクすると、予想通り、キャーと声が上がった。
 まぁ実際は残業だっただけなのだが。
 副隊長お早く!急かす三席におざなりな返事を返して、部屋を出ようとすると、昨夜幸せな夜を過ごしたらしい彼女が乱菊呼び止めた。

「どうぞ。外すごく寒いですよ」

 暖かそうなマフラーを差し出す。

「サンキュ」

 立ち止まってマフラーを巻くと、もう傍に三席はいなかった。廊下の先で書類を持ってぱたぱたと走っていくのが見えた。真面目なのは良いことだ。
 乱菊も後に続こうとしたが、ふと今日の書類の決裁には中央の資料が必要なのを思い出した。
 近くにあった草履を拝借して、庭に出る。
 とことこと歩き、はぁーと白い息を吐く。
 頬を指す冷気。頭皮がざわついて、全身の毛穴が萎縮するような感覚。しかし耐え難いものではない。寒さには慣れている。
 ただ寒さは懐かしい光景を思い出させる。それが少しだけ辛い。
 昔と変わらぬ寒さは、変わってしまった自分達の関係を浮き彫りにさせる。
 ぼんやり考えていると、何の因果か銀髪の男が向こうから歩いてい来る。乱菊は少し身構えながら、大欠伸をしている間抜け顔に礼儀正しく挨拶する。

「……おはようございます。市丸隊長。重役出勤ですか?」

「せや。昨日は残業が一杯あってなぁ」

「あら」

 乱菊はニッコリ笑う。

「では、その首筋にある赤い斑点は、判子の跡ですか?すいません私ったら邪推しちゃって」

「えっ?」

 慌てて首筋をペタリと抑える。ベタな反応。

「そらあかん、それ貸して」

 返事も聞かず、しゅるっと市丸は乱菊のマフラーを奪う。

「ちょっと…」
「すまんなぁ。これから山本のおじいちゃんのところに遅刻の説教されにいくんや。火山にわざわざ蒔き入れんのはごめんや。心配せんでも明日には返すって」

 いかにも軽薄に笑う。

「じゃ、おおきに十番隊の副隊長さん」

 昼行灯そのままのような様子で男はその場を去っていった。乱菊はその後姿をわずかの間だけみつめた。


 首に手をあてる。布をなくした首筋は空気に晒されて、襟元からはざわりと冷気が中を侵していった。







□     ■     □

 止めなければ。
 塀の上、瓦屋根の上。瞬く間に走り抜ける。
 止めなければ。あの男を。
 止められるとしたら、それは自分しかいないだろうと思った。


「動かないで」


 後ろから拘束した手に彼は頓着した様子も見せずに、いつものようにヘラヘラと今藍染に捕まってもうたと告げた。
 反逆者たちは護廷十三番隊に包囲される。


「許さないわよ。よくも桃をあんな目に。ウチの隊長まで…!」

「乱菊はボクと十番隊の隊長さんどっちが好き?やっぱ自分とこの隊長さん?」「…当たり前でしょ」
「じゃあこれから、うんと乱菊に怒られるん?おっかないわー」
「私の前に四十六室の裁判を、いえその四十六室を殺しちゃったんだから、裁判無しで双極かもね。自業自得」

 吐き捨てるように言った乱菊の言葉に、市丸は眉を寄せていかにも困ったという顔をする。

「そらあかんよ。ボクが死んだらたくさん女の子泣かせることになるもん」
「ここまできて、まだふざけるつもりなの」

 ふざけたことをいう。その困った顔もわざとらしくて乱菊はイライラする。
乱菊の怒りにも市丸はへらりと笑う。
 なぁ乱菊、気安く呼びかける。また戯言か。怒鳴りつけようと乱菊は大きく口を開けようとした。

「抱けなかったんや。乱菊は大切な子やから」

 後ろから微かに見える表情は、いつもと変わらぬ軽薄なもの。
 だからこそ乱菊は、何を言われたのか分からなかった。
 動揺しながら、何をと問おうとした矢先、市丸の周りに白い光柱が現れる。

 パシッと市丸が強い力で乱菊の腕を払う。

 ――ちょっと残念やなぁ…

「もうちょっと捕まっとっても良かったのに。」

 錯覚なのだろうか。
 それは、彼の数少ない本心からの言葉のように聞こえた。

「さいなら乱菊――ゴメンな」

 顔に浮かんだ見たこともない微笑みは、乱菊から言葉を奪った。

 空の裂け目に男の姿が消えていく。乱菊はなすすべもなく面から見上げるしかなかった。
 彼女は呆然とその美しい瞳を見開きながら、反則、と小声で震えるように呟いた。



 網膜に焼き付いて離れない――




 そんな顔で微笑まないで。


 すべての価値が色褪せて、


 私は貴方しかいらないのに。


 なんて、馬鹿な言葉を口走りそうになる。





□     ■     □





 隊舎前。
 一組の男女が手荷物を持って挨拶する。

「お世話になりました副隊長」

 晴れやかな声で別れの口上を述べたのは、数ヶ月前に3日、3日と友人達にからかわれていた彼女である。
 その彼女のお腹の中には早くも、新しい生命が宿っていることが先月わかった。そのため今日二人は、鈴蘭の隊章を腕から外す。

「悪かったわね。身重なのになかなか解任出来なくて」
「とんでもない。大変なことがあって今は忙しい時ですから」

 彼女の表情が曇る。人格者として絶大な人望を誇っていた藍染の裏切りは他隊の隊員にも暗い影を落としている
 乱菊はぼん、と軽く彼女の肩を叩いた。

「婚礼は明後日だったわね」
「えっ。来ていただけるんですか?」

 ぱぁっと彼女の顔が輝く

「そうよー。隊長も一緒に行くからさ」
「本当ですか!」

 今度は彼の方がはしゃいだ声を出す。
 そういえば彼は最年少で隊長に就任し、天才と声高な日番谷の大ファンだと聞いたことがあったなと乱菊は思い出した。

「ほんとほんと。だから隊長今日はてんてこ舞いな訳なのよ。明後日のアンタ達のためにね」
 
 実際は行くのを渋っていた日番谷の尻を乱菊がひっぱたいた結果だったが、そんな事情を知らない二人は恐縮しながらも無邪気に喜んだ。

「じゃあ明後日ね」
「はい!ありがとうございます!!」

 元気よく声を揃えた二人に、お幸せにと言って見送った。
 薄く笑って手を振っていたら、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえた。隊長だろう。
 乱菊は「はいはーい」と子供のような返事を返してゆっくり歩きだす。
 そして

 小さく口を動かした。






「お幸せに」






end